■JUNET始まる(1984.10.xx)
慶應大、東工大、東大をUUCP方式で結んだことで始まったネットワーク。公衆電話回線を用いた。
初めは慶應大、東工大間の接続であったが、まもなく東大も参加。
JUNETの機能の中で主なものは、バケツリレー方式での電子メール・ネットニュース。
電気通信事業法の施工、いわゆる「通信の自由化」をまって、95年の情報処理学会にてJapan University NETwork「JUNET」を正式に発表。
JUNETは評判となり参加者は増え、fjというニュースグループでは活発な議論が行われた。
85年にはアメリカの「USENET」、86年には「CSNET」に繋がる。
1985年4月に電電公社が民営化されてNTTになるまでは、一般の回線を電話以外で使うことは、ハードルが高くて普通の人にはとてもできませんでした。
正式には認可が必要でしたし、それにはたいへんな手間と出費がかかりそうでした。
たとえば300bpsの(いまから見ればおもちゃのような)モデムで、電話回線を使ってどことどことをつなぐということの正式な認可を得るために、
書類を出して、機器をそろえてとなると、何百万円かは覚悟しなければなりません。
しかも、電電公社との、何段階ものネゴシエーションのために足しげく通わないとだめだとか、そんな状態だったと思います。
このような状況だったので、一般の長距離ネットワークが、日本では大きく遅れたのですが、85年4月の電電公社民営化以後、
電話機や接続機器についての自由度がある程度出てきて、電話回線に接続して使える、データ通信用の一般向けモデムが発売されるようになりました。
そしてそれを使って、離れたコンピュータ同士を、電話回線でつないだわけです。
実際には、このネットワークの実験は、電電公社民営化以前の1984年10月、東京工業大学、東京大学、慶應義塾大学を結ぶことから始めました。
民営化後を見越して開発が進められていた機器を使って、非公式に開始したのですが、民営化後も事務レベルでは大きな抵抗感がありました。
電話回線を電話以外の目的で使うのはいけないことだと、多くの人が心配するなかで、「草の根」からネットワークをつないでいくという実験を重ねていったのです。
|
|
第4章インターネットの変遷(村井純著 インターネット)
|
JUNETによって実現された数々の功績は,技術的にも大きいものがあるが,社会的に大きな功績の一つは電子ニュースの配送であり,ネットワーク上のコミュニティができるようになったことだ.これがfjと呼ばれる日本の中でのニュースグループである.ARPANETからUSENETに入ってくるニュースはFrom ARPA でfaというタグをつけていた.JUNETからはfj(From JUNET)という名前がつけられた.fjというニュースグループは,日本の中でどういう掲示板を造ればいいかといった様々な議論がなされていた.fjは faとも相互運用されていて,USENETなどのほかにもたくさんのネットワークともつながっていたこともあり,この中で大変大きな発展があった.
|
|
4. 電子ニュースとネットワークコミュニティ(電子情報通信学会誌 Vol.86 No.3 pp.154-163)
|
■JUNET記念日(1987.07.01)
87年7月1日、ネットニュース記事の配送が突如停止。
ニュース配送システム「Bnews」当てたパッチ中の「july」と記述すべき箇所が「July」と
なっていたことが原因であった。これ以降、毎年この日はニュースの配送に感謝して、記事の投稿を控える日「JUNET記念日」となった。
87年はサラダ記念日が流行っていた年であった。
「この記事が古い」とinews(君)が言ったから、7月1日はJUNET記念日
|
■WIDEプロジェクト始まる(1988.04.xx)
JUNETは電話回線を用いたUUCP通信である。JUNETの通信量は右肩上がりに増え、電話代は当然増えた。
電子メールのアドレスの書き方を間違えたせいで国際電話の電話代が月300万円になったこともあったという。
したがって専用線の導入が必要という結論になったのだが専用線を引くには金がかかる。
専用線を引くには企業から金を集めるしかない。村井は共同研究費という形で企業から金を集めた。
そしてまずは東大と東工大間を88年7月6日に、慶應大と東大間を同年同月19日に接続した。通信方式はTCP/IPを用い、速度は64kbpsであった。
この共同研究はWidely Integrated Distributed Environment Project 「WIDEプロジェクト」と名づけられる。
第2章
WIDEプロジェクトの概要
WIDE(Widely Integrated Distributed Environment)の目的は、
局所的な分散環境とそれらの接続という階層的な構造に基づいた大規模な分散環境を構築するための技術を実証的に確立することにある。
そのために、実際に運営されている複数のローカルエリアネットワーク間を、分散環境を構築するために充分な速度の回線を用いて接続し、
その上に実用に耐える大規模広域分散環境のプロトタイプの構築を開始した。
この環境の構築に際して、ネットワーク間パケットのための経路制御機能、ゲートウェイにおける制御機能、
広域分散環境の管理機能と応用機能に関する研究と研究成果の実証を行う。
2.1 研究期間
研究活動は当面4年間を予定している。この期間を2つのフェーズに分け、前半と後半をそれぞれ次のような方針で活動を行っている。
実際の活動は1988年4月から開始している。
フェーズT(1988年4月から1990年3月)
実験基盤の確立とゲートウェイ機能の開発、大規模分散型オペレーティングシステムの構造に関する設計、
応用技術のプロトタイプの開発と実験などを目的とする。
フェーズU(1990年4月から1992年3月)
実験基盤の発展と運用の技術確立、大規模分散環境のためのオペレーティングシステム技術、ゲートウェイ技術、応用技術の開発と実験などを行ない、
その技術移転を目的とする。
|
|
1988-1989年度 研究報告書
(WIDE PROJECT)
|
・「右手に研究、左手に運用」
・「北風より太陽になろう」
われわれは「北風と太陽」と言ってきました。「こういうものを使わなければ困ったことになるぞ」と、
強迫観念を与えてものごとを推進していこうというのは、いわば『イソップ物語』でいう「北風」です。
そうではなくて、「こんなによいことが起こるのだ、こんなに有効なものなのだ」と、
まずコンピュータ・サイエンスの分野が成果を示し、そしてほかの分野を動かしてきたのです。
|
|
第5章インターネットの重要課題(村井純著 インターネット)
|
|
|
|